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とるちゅのおと

コトノハノチカラ

「かしはばやしの夜」について

日本文学:近代

 この作品に描かれる出来事は、画かきの2つの叫び声、すなわち「鬱金しゃっぽのカンカラカンのカアン。」で始まり、「赤いしゃっぽのカンカラカンのカアン。」で終わる。かしわの木やふくろうの囃子が小気味良く、色彩の描写が印象的で、読後には音楽劇を鑑賞したような感覚が残る。リズム感や色彩感に溢れた、賢治の才能を感じさせる作品といえる。

 冒頭で画かきと清作が交わす挨拶は荒唐無稽な印象を与える。しかし、画かきの「野はらには小さく切った影法師がばら播きですね」は月光に照らされてうすく網になって地に落ちた木のかげの様子を、清作の「お空はこれから銀のきな粉でまぶされます」はのちに月を覆い隠す霧を暗示しており、活気に溢れ、スピード感に満ちたこの音楽劇を陰から演出している。

 唐突に登場した画かきは、いきなり「ぷんぷん怒つて」いる。画かきは、怒っているばかりか「軽べつしたやうに清作を見おろ」す。柏の木大王と清作のやり取りの中にその原因を探ってみると、清作がこの柏林の柏の木を切り倒していることと木を切り倒しておきながらお礼の酒を持ってきていないことがわかる。清作はお礼の酒は山主に買ってやったし大王に買う「いわれ」はないという。このことで、清作と柏の木大王は何度も言い争う。清作は自分が柏の木たちに対する感謝の念を忘れていることに気づかない。山の持ち主が誰であるかということは、自然にとってはどうでもよいことであり、自然の一部である人間にとっても、本当はどうでもよいことなのだ。画かきの不機嫌の原因は、山主に対価を渡すという人間界だけの掟が自然にも通用すると信じて疑わない、清作の心の在り方にある。自然への感謝を忘れ、人間界という小さな世界だけを見つめて生きている清作は、柏の木たちに馬鹿にされ続ける。ふくろうの副官が仲を取り持とうとするが、現状は変わらない。

 さて、画かきが決めた賞品であるが、「あるやないやらわからぬメタル」までが混ざっていること、歌の良し悪しでなく歌い手の順番通りに賞を与えていることなどから、歌そのものに重きを置いていないことがわかる。画かきは、柏の木たちと歌を楽しもうとしたのではなく、柏の木たちが清作に直接思いを伝える場面を仕組んだのだ。柏の木たちと清作の直接対話が、画かきの願いなのである。

 画かきは、人間たちが自分たちのルールで山に入り始めたことに警鐘を鳴らしている。それだのに、画かきが力いっぱい叫んでも、その声は清作にかすかに聞こえるだけである。

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