とるちゅのおと

コトノハノチカラ

「山男の四月」について

 本作品の題名は、当初童話集『注文の多い料理店』の題名として予定されていた。このことから、本作品と童話集『注文の多い料理店』に収録された「注文の多い料理店」が、主題において共通していることがわかる。

 主人公の山男は、物語冒頭で山鳥を残忍なやり方で殺している。狙っていたのが兎であったにもかかわらず、たまたま捕獲できた山鳥に大喜びする。山鳥は食べられるのかと思いきや、昼寝をする山男の傍らに無残な姿で投げ出される。この場面は、「注文の多い料理店」の二人の紳士が、狩猟をゲームとして夢想している場面を想起させる。山男と二人の紳士はともに、食べるために殺生しているのではなく、楽しむために殺生しているのだ。

 ヒトに化けた山男は、汚い浅黄服の支那人に騙されて六神丸を飲み、食べられる立場へと変わる。山に居さえすれば、食べられる対象には成り得なかった山男が、ヒトの世界にやってきて食べられる立場に陥ったのだ。これは、二人の紳士が山の中の料理店に誘い込まれて陥った立場と似ている。

 しかし、山男は自分が食べられる立場になり得ることをわきまえていた。支那人が食べなければ生きられないことを理性で受け止めようと努力し、一旦は自らの生を諦めたことからそれがわかる。山に暮らす山男にとって、食うものと食われるものの関係は、いわば当たり前の関係であり、この山男は自分とて例外ではないことを知っている。支那人のもとを命からがら逃げ出した山男は、夢から醒める。体験はすべて夢の中のことだったのだ。目覚めた山男は、支那人のことも六神丸のことも考えないようにする。

 賢治は、動物を食することに罪の意識を感じ、菜食主義の立場をとっていた。食うものと食われるものの狭間で揺れ動く賢治の葛藤の姿が、本作品の山男と重なりあう。

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