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とるちゅのおと

コトノハノチカラ

「山男の四月」について

日本文学:近代

 本作品の題名は、当初童話集『注文の多い料理店』の題名として予定されていた。このことから、本作品と童話集『注文の多い料理店』に収録された「注文の多い料理店」が、主題において共通していることがわかる。

 主人公の山男は、物語冒頭で山鳥を残忍なやり方で殺している。狙っていたのが兎であったにもかかわらず、たまたま捕獲できた山鳥に大喜びする。山鳥は食べられるのかと思いきや、昼寝をする山男の傍らに無残な姿で投げ出される。この場面は、「注文の多い料理店」の二人の紳士が、狩猟をゲームとして夢想している場面を想起させる。山男と二人の紳士はともに、食べるために殺生しているのではなく、楽しむために殺生しているのだ。

 ヒトに化けた山男は、汚い浅黄服の支那人に騙されて六神丸を飲み、食べられる立場へと変わる。山に居さえすれば、食べられる対象には成り得なかった山男が、ヒトの世界にやってきて食べられる立場に陥ったのだ。これは、二人の紳士が山の中の料理店に誘い込まれて陥った立場と似ている。

 しかし、山男は自分が食べられる立場になり得ることをわきまえていた。支那人が食べなければ生きられないことを理性で受け止めようと努力し、一旦は自らの生を諦めたことからそれがわかる。山に暮らす山男にとって、食うものと食われるものの関係は、いわば当たり前の関係であり、この山男は自分とて例外ではないことを知っている。支那人のもとを命からがら逃げ出した山男は、夢から醒める。体験はすべて夢の中のことだったのだ。目覚めた山男は、支那人のことも六神丸のことも考えないようにする。

 賢治は、動物を食することに罪の意識を感じ、菜食主義の立場をとっていた。食うものと食われるものの狭間で揺れ動く賢治の葛藤の姿が、本作品の山男と重なりあう。

@ 2016 とるちゅのおと

「烏の北斗七星」について

日本文学:近代

 宮沢賢治は、生前に2つの著作を刊行した。1924年4月の心象スケッチ「春と修羅」の自費出版および同年12月の「烏の北斗七星」を含む9篇の童話を含む童話集「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」である。 この童話集の刊行に際しては大小二種の広告チラシが作られた。そこには、賢治によって書かれたと考えられる解題と各篇の簡潔な説明が掲載されている。そして「烏の北斗七星」については、「戦ふものゝ内的感情です。」と説明されている。

 山ガラスとの決戦前日、烏の大尉は許嫁に自分が翌日山ガラスを追いに行くのだ「そうだ」と告げる。「戦ふもの」は自分の戦いについて、突然知らされるうえに、戦う理由を考える自由をも奪われている。戦うことを受け入れざるを得ないのである。戦闘前夜、北極星を中心に回る空の水車は、止めることのできない時の流れを表しているかのようだ。空の裂け目からぶら下がる長い腕は、烏一羽一羽の胸に宿ったそれぞれの想いであろうか。戦時下に無意識に心の奥底に閉じ込めている想いが、自由に飛び回る瞬間がそこに見える。

 この混乱を静めるのが月である。闇を照らす月の登場によって、烏たちは安心する。それがどんなものであろうとも、闇を照らすものを求めているのだ。暗闇でそれぞれの想いに引きずられてしまうことが怖いのだ。心まで制御されてしまった個人の哀しい姿である。しかし、死を目前にした烏の大尉の想いは、月が登場したとしても打ち消し得ない。食物連鎖という自然の摂理にしたがって、自分の生命維持のために他の命を奪うのでも、自分以外の生命維持のために自分の命が奪われるわけでもない。自分が殺されないためには殺すしかないという、ただそれだけのために、自分が戦わされていることに気づいてしまっているのだ。月の光に安心することができない大尉は、眠れない夜を許嫁を想って過ごす。それだのに、山ガラスを見つけた大尉の胸は「勇ましく踊」る。戦争へと突き進む軍隊の狂気がここに描かれる。

 大尉は二種類のなみだを流している。一つは、駆逐艦隊とともに流した涙であり、味方に死者がでなかったことに安堵した涙である。もう一つは、「新しい泪」と表現されている。この泪の意味は、理由のわからない戦いに巻き込まれ死んでいった敵への弔いの泪、あるいは自分が命を奪ったものへの懺悔の泪なのではなかろうか。「新しい泪」を流した大尉は、敵の死骸を葬ることを申し出て、「憎むことのできない敵」を殺さないですむ世界を、マヂエルの星に願うのである。

 本作品は、カラスの義勇艦隊と山ガラスの戦争という仮構を借りて、戦う理由のわからないまま、戦争に巻き込まれていく個人の姿を哀しく描き出す。

© 2016 とるちゅのおと

「水仙月の四日」について

日本文学:近代

 表題「水仙月の四日」とはどのような日であるのか。雪婆んごの立場から考えてみると、雪をたくさん降らせなければならない日であり、子どものひとりやふたりをこっち(雪婆んご側の世界)へとっていい日である。雪婆んご側の世界はあの世、遭難しかけている子どもの側の世界はこの世であり、水仙月の四日はあの世とこの世、つまり死と生が一年で一番近づく日であると考えられる。死と生は自然そのものであり、壮大な命の物語を、天球を舞台装置とし、自然の順違二面から映し出している。冬の空や雪の様子を幻想的に描写したその表現は卓抜であり、読み手は風雪荒れ狂う雪原で起きた出来事を、そこに居合わせたかのように思い浮かべることができ、極めて映像的である。

 雪婆んごに雪を降らせることを命じられた雪童子は、カシオペアに「おまへのガラスの水車」を回せと叫んでいる。これは、カシオペアに目立つ2等星3個の青い光が、北極星を中心に日周運動によって回って見えることを、水車に見立てていると思われる。水仙月の四日が死と生の最接近日と考えるならば、この水車の軌道が輪廻転生を象徴しているかのようでもある。

 また、やどりぎの果実は、それをエサとする鳥によって冬に他の樹木に運ばれて宿主に寄生して命をつなぐ。つまり、やどりぎのまりは命のバトンなのである。雪童子(=自然)が与えたバトンを子どもはしっかりと握りしめる。子どもは、知らず知らずのうちに、その手に生かされる運命を握ったのである。かつて水仙月の四日に命を落としたであろう雪童子は、やどりぎのバトンで子どもに命をつないだのだ。

 人間にとって、自然は容赦のないものであり恵みをもたらすものである。しかし、自然に意志はない。この作品は、厳しく容赦のない自然(=雪婆んご)と時に恵みをもたらす自然(=雪童子)の下で、自然の一部として生かされているひとつの命を描き出している。

© 2016 とるちゅのおと

「注文の多い料理店」について

日本文学:近代

 宮沢賢治は、生前に2つの著作を刊行した。1924年4月の心象スケッチ「春と修羅」の自費出版および同年12月の「注文の多い料理店」を含む9篇の童話から成る童話集「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」である。 この童話集の刊行に際しては大小二種の広告チラシが作られた。それらには、賢治によって書かれたと考えられる解題と各篇の簡潔な説明が掲載されている。そして「注文の多い料理店」については、「糧に乏しい村のこどもらが都会文明と放恣な階級とに対する止むに止まれない反感です。」と説明されている。

 都会文明を象徴しているのが、「イギリスの兵隊のかたち」であり、放恣な階級に属するのが、そのような格好をした「二人の若い紳士」である。都会文明に憧れ、放恣な生活を謳歌する二人は、動物の命を奪うことに快感を覚え、命に対する畏敬の念など少しも持ち合わせていない。何事にも代え難いはずの命を金銭に置き換えることがごく当たり前なのである。 

  表層の豊かさと目新しさに飛びつき、動物の一員であることを忘れた二人の紳士が、山を荒らすことを、山猫は許さない。柳田国男によれば「妖怪とは神が零落したもの」であり、山猫は、山に住む妖怪である。山猫は、命を軽んじ、自らが他の生命によって生かされていることや自らも食べられる存在になり得ることを忘れた浅はかな人間が、山に侵入することを防いだのである。冒頭でどこかへ行ってしまう案内の鉄砲打ちは、山奥が神聖な場所であること(=山の神が住むところ)だと感じ取り、自然への畏怖の気持ちから二人についていくことができなかった。

 動物の世界は、食うものと食われるものの関係で成り立っている。人間とてその例外ではない。古来日本人は、自然と対話し、自然を畏れ、自然を愛して生活を営んできた。しかし、押し寄せる近代化の波は、日本人が大切にしてきた自然に対する畏敬の念をも押し流そうとしていた。

 ところで、二人を料理しているのは山猫ではなく、近代文明であるとも考えられる。かぎ穴からのぞく山猫の目は青い。立派な西洋づくりの家の様子にすっかり騙され、二人は自ら料理されに中へと急ぐ。たくさんの戸があり、戸を開けるたびに、二人は必ず注文をつけられる。どんな注文を受けても我慢して、二人は一刻も早くテーブルに就きたい。髪型や靴についた泥を気にすることもせず農業に邁進してきた日本人が、赤い字で書かれた注文によって否定される。弾と鉄砲は持ち込めず、二人は近代文明と戦う武器を没収された。そして、気づかぬうちに身ぐるみはがれた状態になり、脱ぎ捨てた持ち物を入れた箱に自ら鍵までかけてしまうのである。二人はこれまでの出来事に何度か疑問を抱いているが、その度に良い方へ良い方へと考え、疑問と向きあおうとしない。美味しいクリームに誘われて、香水と思い込んだ酢を浴び、塩を塗らされそうになってから、初めて自分の置かれた立場に気づくのである。間一髪の状況下、二人は、趣味で命を奪うのではなく、人間の糧として狩猟を行っている鉄砲打ちに助けられる。しかし、脱ぎ捨てたものの大切さに気づかないまま箱に鍵をかけてしまうような心は変わらないため、顔は紙屑のようだし、帰りに山鳥を買うことも忘れない。

 この作品は、自然への畏敬の念を忘れてはならないというメッセージと、近代文明を受け容れることによって失うものがあることへの警告を発するものである。

© 2016 とるちゅのおと

「狼森と笊森、盗人森」について

日本文学:近代

 宮沢賢治は、生前に2つの著作を刊行した。1924年4月の心象スケッチ「春と修羅」の自費出版および同年12月の「狼森と笊森、盗森」を含む9篇の童話から成る童話集「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」である。 この童話集の刊行に際しては大小二種の広告チラシが作られた。そこには、賢治によって書かれたと考えられる解題と各篇の簡潔な説明が掲載されている。そして「狼森と笊森、盗森」については、「人と森との原始的な交渉で、自然の順違二面が農民と与えへた永い間の印象です。」と説明されている。 つまりこの作品は、人が森に抱く要望に対して自然が順う/違える場面について、三つの森の「奇体な名前」の由来を通して描くものである。そして、語り手は、第四の森である黒坂森の中心にある大きな巖である。この巖は岩手山の噴火で岩手山から落ちてきたものであり、いわば岩手山の分身ともいえる。黒坂森は、「奇体な」とは言いがたい名前であり、その由来については明らかにされていない。したがって、小岩井農場の北にある四つの黒い松の森のうち黒坂森は別格であることがわかる。

 岩手山の噴火によってできた四つの森に、「とびどぐ」をからだにしばりつけた四人の百姓がやってくる。入植するに当たり、百姓たちは周囲を巡る山々(=自然)という偉大な存在に許しを求めている。土地も木も自然から恵んでもらうという謙虚な気持ちで、自然と向き合っている。この場面は、常に自然と対話し、畏れ、敬い、共生してきた古き良き日本人の人間観・世界観に溢れ、優しさと厳しさを併せもつ自然に対する賢治の想いが現れている。

 第一の事件では、子どもがいなくなる。百姓たちは「農具」だけを持って、一番近い狼森へと探しに行く。狼森では、子どもたちが狼たちにもてなされている。これは、山の神が宿る奥山と里山と人里を行き来する狼によって伝えられた、野原や里山を共同の土地として仲良く使って行きたいという気持ちの現れである。百姓たちもその気持に応えて、粟餅を置いてくる。

 第二の事件では、農具がなくなる。百姓たちは何も持たずに、狼森と笊森へと探しに行く。笊森にあった大きな笊の中に農具はすべて揃っている。大きな笊のまんなかには山男が座っている。山男は山猫と同じく里山にかけて住んでいる妖怪である。柳田国男によれば「妖怪とは神が零落したもの」であり、森にまで開墾が広がることを心配した山の神が、山男を通して開発の行き過ぎを警告したのである。人間生活の基盤である農業が、行き過ぎた開発によって自然を破壊することを暗示している。百姓たちは、農具を隠されたにもかかわらず、何もしていない狼森と同様に笊森にも粟餅を置いてくる。

 第三の事件では、粟がなくなる。百姓たちは「え物」を持って、四つの森へと探しに行く。つまり、百姓たちは「とびどぐ」を手にして森へと向かったのである。盗森の黒い男は、粟を盗んでいないと嘘をつく。初めて武器を手にしてやってきた百姓たちに対して、この男は四つの森に住むものたちの中で、初めて嘘をつくものとなる。そして、その嘘を、四つの森の産み主である岩手山がたしなめる。嘘をついたのは、粟餅がつくりたかったからなのだと明らかにする。ところで、狼森の狼と笊森の山男はともに、百姓たちがやってくることと粟餅がやってくることを結びつけている。そして、家にかえった百姓たちも四つ全部の森に粟餅を持っていくのである。

 賢治は、自然と人間の主従関係を問うのでも、自然破壊への反対を唱えるのでもなく、人間が自然と対話しながら生きていくことの大切さを伝えようとしている。

© 2016 とるちゅのおと

「どんぐりと山猫」」について

日本文学:近代

 宮沢賢治は、生前に2つの著作を刊行した。1924年4月の心象スケッチ「春と修羅」の自費出版と同年12月の「どんぐりと山猫」をはじめとする9篇の童話を含む童話集「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」である。

  この童話集の刊行に際しては大小二種の広告チラシが作られた。そこには、賢治によって書かれたと考えられる解題および各篇の簡潔な説明が掲載されている。そして「どんぐりと山猫」については、「山猫拝と書いたおかしな葉書が来たので、こどもが山の風の中へ出かけて行くはなし。必ず比較をされなけれはならないいまの学童たちの内奥からの反響です。」と説明されている。この説明に登場人物を当てはめると、山猫拝の山猫は判事である山猫であり、出かけて行くこどもは一郎、学童たちはどんぐりと考えられる。そうなると、判事である猫は、学童たちの先生とも解釈できる。

 「めんどなさいばん」は、ブナ科の木の実の総称であるどんぐりのうちだれが「いちばんえらい」かを山猫が決めるものであった。「めんどな」の部分に、山猫がどんぐり一つひとつに対峙することを面倒だと感じていることが伺える。どれも同じように見えるどんぐりであるが、山に落ちているどんぐりは山の将来を担う黄金のどんぐりである。自分こそが最も優れていると主張する黄金のどんぐりの叫びを通して、一括りに「どんぐり」とされ、個性に着目することなく、ただ比較されるだけの環境にある当時の学童の姿を描き出している。

 一郎がお説教で聴いた言葉は「ばかこそが、えらい」というものであったが、山猫の判決では、「ばかはえらくなくて、えらい」という内容に変えられてしまった。内容の矛盾が、どんぐりたちの思考を止め、黙らせてしまう。 山猫はなぜ「めんどなさいばん」に一郎を選んだのか。それは、どんぐりの一人である一郎を利用して、子どもたちを抑えることを試みたからである。「おかしなはがき」には「ごきげんよろしいほで、けっこです」とあり、山猫が以前から一郎を知っていたことがうかがえる。「おかしなはがき」をもらって大喜びする天真爛漫な子どもらしさとお説教をきちんと聞ける素直さをもつ一郎を利用しようとしたのである。「とびどぐ」は、山猫(=先生)に対する反抗心である。

 一郎の言葉を改変して、どんぐりたちを黙らせることに成功した山猫は、これから先も一郎を利用するべきかどうかを検討する。「出頭すべし」という山猫側からの命令を下し、おとなしく従うことができるかどうかで判断しようとした。その結果、命令を断るような使いにくい一郎には二度と葉書が来なかったのである。そして、黄金のどんぐり(=学童)の一員であることを選んだ一郎は、一升のどんぐりたちとともに里に帰される。

© 2016 とるちゅのおと